髪を染める

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カピバラ

その男は、髪の毛が細い。

だから何だという事はない。ただし将来は父のように頭が薄くなる事が容易に想像できる。

そして、若い頃には少し明るい色だった髪の毛の色も、アラフォーとなった今では、もみあげ辺りを中心にだいぶ白髪が目立つようになってきていた。

今すぐ何かしなくては、という状況ではない。男は、なるべくならば、自然体である事が望ましいと考えている部分がある。ハゲてしまうなら仕方がないし、白髪だって年齢以上に老けこんでしまわない限りは、病気じゃないんだから放っておいても良いと思っていた。

しかし毎日鏡で会うそいつの髪の毛の中に、白いモノが徐々に増えていく様をみていると、ストレスなのかなとか、栄養運動睡眠勉強不足なのかなとか、自分も随分歳をとったなあとか、徐々にマイナスのイメージを膨らませてしまう自分に気づいた。

マイナス思考というのはとても危うい事を、その男は経験で知っている。どこまでも自分を嫌いになれてしまうのだ。そして人生を味気なくしてしまうのだ。白髪ごときで人生を変えられたくはない。

そう思いながらも、その男は髪の毛を染める行動になかなか踏み切れなかった。面倒だったというのもあるし、まだ大丈夫という気持ちも少しはあったし、誰かに「(白髪)染めたの?」と言われるのも何だかなあという気持ちもあった。あと、一度染めると染め続けることになるのかもしれないというのも、時間やお金のコストをかける勇気もあまりなかった。

初めは美容室で染めようと思った。もし染めたことにより変な色になってしまった場合、自分で染めたから失敗したのか、染める事自体が失敗なのかを知っておきたい。今後も染め続けるかどうかもわからないし、お試しなので2回分が入った白髪ぞめキットを買いたくないという気持ちもあったが、ただ単に自分で染めるのは面倒だというのが一番の理由でだった。

その男が初めて白髪を染めたのは、長い休暇の初日だった。休暇明けは染めたことに関して目立ちにくいのでは、と考えたからだ。

美容室では、ヘアマニキュアとかヘアカラーとか、よくわからずお任せにさせてもらった。色合いについても、色々と質問されたが地毛と同じ色で、というのが精一杯だった。しかし、プロにお任せできるというのは安心感が違う。手を汚さず、頭も使わず、お金に力だけで解決する事は、普段スーパーで10円20円を節約している自分に少し罪悪感を覚えなくもないが、どのみち節約になどなっていないのでこの際気にしないこととする。

仕上がりは想像以上だ。もっと早く染めていればと思う。白髪は、思っていた以上にたくさんあり、そのせいで自分を想像以上に老けさせていたようだった。そして変化の割には周りの反応は無かったので、いささかがっかりもしたが。

しかし1か月もすると、また白いモノがもみあげに混ざり始める。一度染めるとやはり今まで以上に白髪が気になるようになる。今度は自分で染めてみようと、スーパーでたまたま安売りしていたサロンドプロのダークブラウンを購入してきた。

男は新聞紙を広げ、ほぼ裸の状態で白髪染めの説明書とにらめっこしながら、薬剤を髪の毛へ塗りつけていく。薬剤が染み込む間、寒いし、手が汚れてスマホも使えないのでとても虚しい。上手にまんべんなく塗れているかも不安だ。

出来上がりは、思っていた以上に黒かった。値段は安いし、そこまで難しい作業ではなかったが、いかにも黒く染めましたという感じの色はとても気になるし、やはり次回からはプロに頼むこととしたいが、薬剤はもう1回分あるのでそれを使い切ってからとする。あとは、どのくらいの周期で染めるべきかを美容師さんと綿密に検討しなければならない。

男は染めることには抵抗がなくなった。美容室で染める値段についても許せる金額と思えるようになった。それが、自然体でいるよりも幸せな状態なんだと信じている。

ちなみに、男はシャンプーには気を使っている。きちんと汚れが落ちて、さっぱり洗った感があり、頭皮に悪くなさそうなモノを選んでいるつもりだ。

最近まではウルオスのシャンプーがお気に入りだったが、今は資生堂のアデノバイタルを利用している。どちらも少し値が張るが、将来の(薄毛への)不安も少しだけ洗い流せているような気がするのだ。アデノバイタルはプロフェッショナル用との事でサロンで利用するもののようだが、その男の雑な洗い方でも問題なく気持ちよく使えている。

男は、髪の毛に、こんなに振り回される人生も、オカシイものだとも思っている。悩み過ぎると髪の毛同様、人生も細くなりそうなものだ。

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